７３日目　シウダー・デル・エステ

　１０月２５日朝９時、ホテルの朝食は昨夜に続き、併設されたレストランでのコンチンネ
ンタル・ビュフェ。品数は多くはないが、ココのパンは抜群に美味い。旅を初めて以来、
固いパンには少し飽き始めていたが、この日は珍しくパンをたくさん食べた。ホテルのチ
ェックアウト・タイムは１０時。そのまま向かいにあるバスターミナルに移動してバスを待
つ。ここから乗るバスは「ブラジルのフォス・ド・イグアス行」か「パラグアイのシウダー・デ
ル・エステ行」。運賃はどちらもＡ＄３ or Ｒ＄３。結局昨夜は両替所もＡＴＭも見つけら
れなかったので、この時点で私の手許にはＡ＄０．２＋Ｒ＄２．６７のみ。合計で約１ＵＳ
Ｄ相当。（もちろん米ドルは持っているが。）手許資金では運賃に若干足りないが、その
辺りは交渉するつもりだ。本数の多いブラジル行に乗り、フォス・ド・イグアスでパラグア
イ行に乗り換えた方が早いのだろうが、昨日通ったフォス・ド・イグアスの近距離バスター
ミナル周辺にも両替所や銀行は見当たらなかった。よって今回はダイレクトにパラグアイ
へ行くバスを待つことにする。バスターミナルに居た英語のできる若いガイドの兄ちゃん
によると、どちらのバスも、ターミナルの１番ホームから出るらしい。

　１番ホーム前のベンチでバスを待っていると、ブラジル行のバスは３０分間隔でやって
くるのだが、パラグアイ行はなかなか来ない。さほど大きくないターミナルでずっと待って
いるので、最初は声を掛けてきた物売りも、しまいには私には声を掛けなくなっていた。

　待ち始めて１時間半が経過した正午前、パラグアイからのバスが到着。乗り込もうとす
ると、市内を一回りしてくるらしく、「もう少し待て。」と運転手のサイン。それから３０分し
て、ようやくバスが戻ってきた。バスの正面にはさっきまで掲げてあった「アルゼンチン」
と書かれたプレートが裏返されて「パラグアイ」に。車体にはアルゼンチンを示す「２本の
水色ストライプ」と、パラグアイを示す「赤×青のストライプ」が引かれている。本数の多
い「ブラジル-アルゼンチン間バス」は、さすがに全車ではなかったが「水色」と「黄×緑」
のバスが多く、「ブラジル-パラグアイ間」は、「黄・緑・青」と「赤×青」のバスが走ってい
た。（中にはブラジルを緑３本で示しているバスもあったが。）

　本数が少ないせいか、バスの前方乗車口は大行列。例によって車内には“大荷物には
ツラい回転ゲート”も設置されているため、とりあえず後ろのドアから荷物を先に積み込
むことにした。既にシートは７割がた埋まっており、車内を見回していると、最後列に陣
取っていた行商風のオバちゃん軍団が、「ここ、いいわよ。」と最後列中央の席を叩きな
がら手招きをする。彼女達の大荷物に埋もれながら、とりあえずその席に納まった。ここ
で少し“いけないこと”を考えてしまった。この先何があるか判らないし、僅かな金額とは
いえ現地通貨は貴重。車掌から運賃を請求されるまでは、このまま乗ってしまおうと考え
たのだ。“見慣れぬアジア人”だということは、普段は車掌に気にかけてもらえて都合が
よいのだが、こういう時は逆に目立ってしまいそうで心配だ。

　しだいに車内は人と荷物でギュウギュウ詰めになり、１２時３５分、プエルト・イグアスの
バスターミナルを出発した。昨日のコースを辿り、１２時４５分、アルゼンチン側国境。こ
こで一旦下車し、パスポートのチェックを受ける。端末で照会する程度で出国スタンプを
ポン。行商おばさん達は、皆パラグアイのＩＤカードを持っていた。１２時５８分、再度バス
に乗り込み出発。昨日１時間掛けて歩いて渡った両国ゲート間を、バスは３～４分で駆
け抜けてゆく。今度もブラジル国境は素通り。時計を１時間進めて時刻は１４時だ。

　その後バスはフォス・ド・イグアスの街を抜け、１４時２５分、今度はパラグアイへのブラ
ジル側国境。ここも通過すると、両国間に掛かる「友情の橋 Puente de la Amiztad」に
差し掛かる。今日は土曜日。週末になるとブラジルやアルゼンチンから、物価の安いパ
ラグアイへ買物に行く人が多いとあって、橋は渋滞気味。バスはゆっくり橋を渡って行く。
橋の上には物売りも多く、車内にもジュースや弁当を売る男達が乗り込んできた。行商
おばさん達は、アルミ箔の皿に入った肉入りごはんを買って食べ始めた。私がバスの外
の写真を撮っていたら、おばさん達は冗談交じりに「食事中の写真は撮らないでね～。」
と大騒ぎ。こちらも一応愛想笑いで応えるが、内心は無賃乗車をしているので、あまり騒
がないで欲しいところだ。

　バスはようやく橋を渡り終え、今度は時計を１時間戻した１３時３５分（パラグアイもサ
マータイム中。実はサマータイムを適用していないものと勘違いしてしまい、この時点で
私は更に１時間戻した１２時３５分だと思い込んでいた。）、パラグアイに入国だ。前述の
とおり、ここの３都市間を行き来するだけならば、出入国手続は必要ない。よってここの
国境でバスを下りたのは１組の家族だけ。本来私はここでパラグアイの入国手続を済ま
せないと、今後の旅を続けることが出来ないのだが、大きな荷物を持って混雑したバス
を乗り降りするのは大変。さらに国境付近は買物客で大混雑。そこでこうした出入国手
続不要の特例を活かして、一旦このまま終点のバスターミナルまで行き、そこで手荷物
を預けてから改めて国境に戻って入国手続を取ることにした。二度手間にはなるが、シ
ウダー・デル・エステの土地勘が無い私にとっては、街やバスターミナルの位置関係を把
握することもでき、都合が良い。

　シウダー・デル・エステのバスターミナル内には両替所は無いものの、ターミナルの入
口周辺に、いわゆる“両替商”のオジサンが数人座っている。まずはさっきの手許残金
Ａ＄０．２＋Ｒ＄２．６７を、５,０００グアラニー（以下Ｇ．と表記。Ｇ．１,０００≒約１９円。）
に両替。ターミナルに入って左奥にある手荷物預かり（１日Ｇ．３,０００）に荷物を預け
る。さすがに手許残金Ｇ．２,０００ではどうにもならないので、再度両替商から５ＵＳＤ
をＧ．３０,０００に両替して再出発。ここからはブラジル行のバスに乗車。今度のバスは
後ろのドアから乗りこむ。運賃はＲ＄２．２ or Ｇ．４,５００だが、Ｇ．１０,０００札を差し出
すと、Ｇ．５,０００札とＲ＄０．２が返ってきた。国境地帯は人の行き来も激しいが、通貨
もかなり入り乱れているようだ。

　バスで再び街を抜け、パラグアイの国境ゲート手前で下ろしてもらう。ここで思い立ち、
せっかくなので歩いて国境を渡ることにした。友情の橋は人も車同様に右側通行。橋の
右側の歩道がブラジル行き。パラナ川に架かる橋は何の変哲もない橋だが、川の両側
にパラグアイ・ブラジルそれぞれの街がよく見える。歩いて渡っても約１０分。渋滞中の
車とほぼ同じスピードで渡っていく。ここの国境は本当に何のチェックもなく、歩道にはゲ
ートも無ければ係員もいない。行こうと思えば、このままリオやサン・パウロまで行けてし
まいそうだ。こんなにゆるい国境も珍しい。

　橋のブラジル側にも幾つかの商店があるが、既にＲ＄は両替してしまったので、すぐ
に道路の反対側に渡り、今度はパラグアイに歩いて戻る。橋を渡り終えパラグアイ側に
入ると、そこにいた警備員が私を呼び、一応パスポートをチェックした。他の通行人は特
に呼ばれていなかったが、やはり私が東洋人だからだろうか。そしてその後方には「イン
フォメーション」の看板の掛かった建物があり、その中にイミグレーションオフィスがあ
る。２～３人の列の後に並び、私の番が来て窓口にパスポートを提出。最初は「手続不
要だよ。」と言わんばかりの表情をしていた係員も、私が「(首都の）アスンシオンに行く
のだ。」と言うと納得した様子。パスポートにアルゼンチンの出国スタンプがあることを確
認した程度で入国スタンプを押印。１４時半、ようやくパラグアイへの入国手続完了だ。
なお今日はブラジルも通過したが、「パスポート汚し」が趣味の私もさすがに面倒臭くてブ
ラジルの入国・出国手続は省略した。

　シウダー・デル・エステは免税の街。物価の安いこの街にはブラジルやアルゼンチンか
ら多くの買い物客が訪れ、通りには電化製品やタバコを売る店が並ぶ。（何度も国境を
越えてきた今回の旅では良く見てきた光景。）またこの街には何故か釣具を扱う店が多
かった。

　さっき渡った友情の橋では、バイクのタンデムシートに客を乗せる「モトタクシー」が行
き来していたが、こちら側の街角ではカーステレオを布に包みライダース・スーツの中に
何個も隠すライダー達の姿があった。両国間を行き来する彼らの手によるブラジル側に
安い電化製品が闇ルートで持ち出されているのだ。しかも半ば公然と。

　そのまま通りを進むと、最初のロータリーの左側に一際キレイな建物があった。「モナ
リザ」と書かれたビルの中は化粧品やブランド時計、電化製品等が売られており、最上
階にはカジノもある。このビルの中だけは空港の免税店のように、とてもきらびやか。フ
ォス・ド・イグアス市内で多く見かけた「モナリザ」の看板は、ここの事だった訳だ。

　また街には中国や台湾系の商店やレストランも多く、中国系の銀行もある。こうした東
洋人系の店が多いエリアの中にあったＡＢＮアムロ銀行のＡＴＭで現地通貨を調達し、
ようやく一安心だ。そこでさっそく通りがかりの店「CAPO'S BAR」に入店。店頭のグリル
で焼かれていたチキン４分の１羽（Ｇ．５,０００）とパラグアイ・ビール「Dorada」（５．０％

・６３０立方ｃｍ瓶・Ｇ．５,０００）をオーダー。レストランくらいなら、スペイン語でのオーダ
ーも慣れてきた。逆にココのマスターは私が日本人だと判ると、カウンターの奥からシス
テム手帳を取り出してきた。そこにはスペイン語の隣にローマ字で書かれた日本語が添
えられていた。「グラシアス = a ri ga to u」や「オラ = ko n ni chi wa」の他、「スミマセ
ン」、「マタアシタ」、「サヨウナラ」の５単語。この街に多く住む日系人か、それとも旅行者
にでも書いてもらったのだろうか。食事を終えて店を出る時に、彼は「マタアシタ！」と声
を掛けてくれた。

　１７時になり、店の前の道を南へ向かって歩いてゆく。大きな公園を左に見ながら進む
と、やがて大きなスタジアム「CLUB ATLETICO ３ DE FEBRERO」が見える。その手前
にある裁判所とエッソのＧＳが建つ交差点を右折すると、左前方にバスターミナルが見え
てくる。「CAPO'S BAR」からかなりゆっくり歩いて３０分弱だ。

　次の目的地はパラグアイの首都・アスンシオン。ここからは数社のバス会社がアスンシ
オン行の便を出しており、かなり本数は多い。ただ今から乗ると、到着は２３時前後。そ
こでしばらくココで時間を潰し、０時５分発のＮＳＡ社の夜行バスで行くことにした。運賃は
Ｇ．６０,０００（約１,２００円・クレジットカード使用不可）。

　バスターミナルの待合所のテレビでは「バック・トゥ・ザ・フューチャーⅡ」をやっていて、
暫く鑑賞。ここで待っている間に何匹かの蚊に刺されてしまった。南米で蚊に刺されても
病気になったりしないだろうか。少し心配である。

　待合所でじっとしているのも退屈なので、ターミナル内にあったレストランへ。時刻が遅
いせいか、客はほとんどいない。軽く何か食べようとも思ったのだが、オーダーした物は
ことごとく売り切れ。しょうがないので結局注文したのはビールだけ。出てきたのはアル
ゼンチンで何度も飲んだ「Quilmes」（４．９％・３５４立方cm缶・Ｇ．４,０００）。この薄めの
味にもすっかり慣れてしまった。暑い季節には、これ　うまいんだよね。

　ビールを飲みながら、ふとレストランの時計を見たときに、私はあることに気が付い
た。先ほども書いたが、私は「パラグアイはサマータイムを適用していない。」と勘違いし
ていて、時刻を実際よりも１時間遅く認識していた。気が付くと、まだ２時間あると思って
いたバスの出発まであと１時間。危ない、危ない。

　２３時半、預けていた手荷物をピックアップしようと手荷物預かり所に行くと、ここでまた
問題発生。２４時間開いていると聞いていた手荷物預かり所が閉まっていたのだ。バス
の出発まで、あと３０分。慌ててバス会社の窓口で事情を説明。職員には英語が判る人
がおらず、同じバスに乗る予定の中国系の男性が英語→スペイン語の通訳を駆って
出てくれた。バス会社のスタッフがどこかへ電話してくれるが、なかなか事態は解決しな
い。バス出発の１５分前、「最悪の場合は手荷物預かり所のドアを壊すか。」なんて考え
ていたら、ようやく預かり所の職員が戻ってきた。ふぅ～、ギリギリセーフだ。